関ケ原の合戦以降に築城された城郭の中で、実際に戦乱に巻き込まれたものはほとんどありません。しかし熊本城は西南戦争(1877年)というバリバリの近代戦の舞台となり、しかも落城しませんでした。反政府の志士達を率いて攻め込むは維新の英雄・西郷隆盛。迎え撃つ政府軍の鎮台・熊本城の司令官は名高き谷干城少将。開戦前に起きた謎の火災で、天守など多くの建造物を失うというアクシデントに見舞われながらも、谷少将は西郷軍の猛攻を防ぎ切り、熊本城の堅牢さを改めて世に知らしめたのでした。
※ 読み:干城⇒たてき