天守の前に加藤清正が自らイチョウの木を植えたことから、熊本城には「銀杏城」という別称があります。もっとも、そのイチョウは雄木ですので、ギンナンは実りません。清正は「イチョウの木が天守の高さにまで達した時、異変が起こるだろう」という不吉な予言を残したといわれています。そしてその予言は的中してしまいます。イチョウの木が天守の高さに達した時に起こったのが西南戦争(1877年)。この時、多くの建物と共にイチョウの木も焼失しますが、焼け跡から新芽が育ち、不死鳥の如く蘇っております。