宇土櫓の近くに「五郎の首掛け石」という凹形の巨石があります。熊本城の築城時に、横手五郎という怪力の人夫が、首に掛けて二キロの道のりを運んできたそうです。実はこの男、かつて天草の戦いで加藤清正との一騎打ちに敗れた木山弾正の息子でした。密かに清正の命を狙っていましたが、それが発覚すると逆に命を狙われることに。井戸の中での作業時に大量の大石が投げ込まれますが、五郎は難なく受け止め井戸の底に敷いていきます。しかし大量の砂が流し込まれると、さすがの五郎もお手上げ。そのまま生き埋めにされてしまいました。