一国の領主から西国の大名へとのし上がった毛利家が代々居城としてきたのは、山城の吉田郡山城でした。この城、戦になると防御力が高いのですが、大兵力を抱えるには手狭で、何より広大な領地を統治するには不便でした。そこで毛利輝元(1553―1625)は、築城名人の黒田如水に縄張りを依頼し、広島に新たな居城を築くことに。1589年に着工、完成前の1591年に広島に引っ越し、1599年に広島城完成。しかし翌年の関ケ原の合戦時に一応は西軍の総大将だったことで、まだ真新しい広島城を追われるハメに。