日本の美に外国人の方が敏感、というのはありがちです。明治維新後、お城の価値はどこの城でも暴落してしまうのですが、名古屋城の破却を言い出したのは、よりによってかつての城主・徳川慶勝でした。対して名古屋城の保存を求めたのがドイツ帝国公使のマックス・フォン・ブラント。この人、鉄血宰相ビスマルクが対日本・対アジア戦略のために送り込んだ人物で、当然ながら日本よりドイツの利益を優先しています。するべき主張、両者逆じゃない? という気もしますが、とにかく結果として名古屋城は保存されることに。