名古屋は古くは「那古野」と表記され、16世紀初期に今川家が城を築いていました。その那古野城に目をつけた織田信秀が巧みな計略で城を乗っ取ります。まず城主の今川氏豊と連歌を通じて仲良くなります。そして宿泊してまで連歌を楽しむようになり、さらに図々しくも城内に逗留所まで造ってしまいます。1532年、この逗留所を拠点にして突然挙兵し、油断していた氏豊をまんまと追い出しました。こうして我が物とした那古野城ですが、数年で幼子に譲ってしまいます。その幼子こそ後の織田信長です。