第二次大戦時の空襲で、天守をはじめとする貴重な遺構がほとんど焼けてしまった名古屋城。しかし三基だけ残る隅櫓はどれも堂々とした風貌で、かつての名古屋城の威容を今に伝えています。特に西北隅櫓は、櫓としては熊本城宇土櫓に次ぐ高さ16.2メートルを誇り、何と国宝彦根城天守よりも巨大です。なお、この櫓は清洲城天守を移築したという伝承があり、「清洲櫓」という別称があります。昭和39年の解体修理時の調査結果から、実際に清洲城の材木が転用されている可能性が指摘されています。