最も有名な紀州藩主といえば、後の八代将軍・徳川吉宗でしょう。かの有名な享保の改革は、紀州藩で成功した政治がベースとなっています。ところで吉宗はそもそも二代藩主・光貞の四男です。生まれた時には、次男が既に亡くなってましたが、それでも兄が二人いたわけです。まさか藩主になるとは本人も思っていなかったでしょう。しかし1705年に長男・父・三男と立て続けに死亡、まさかの急展開で藩主に。さらに七代将軍・家継が夭折し、徳川宗家に将軍候補がいなかったことで、将軍の座まで転がり込んでくることに。