池田光政・綱政の二代の藩主に仕えた津田永忠(1640~1707)は、とにかく土木工事をしまくることで藩の発展に貢献しました。特筆すべきは、岡山城下を流れる旭川の洪水防止のために、川幅180メートルにも及ぶ巨大放水路・百間川を完成させたことです。また倉田新田の開発と共に、新田への用水路と運河を兼ねた倉安川を開削。さらに辛島新田・沖新田などを開発し。彼が開発した新田の合計が、何と2800ヘクタールを越えるまでになります。日本三名園のひとつとして知られる後楽園の造営も彼が仕切っています。