伊達秀宗が藩主として宇和島入りした際、父親の独眼竜こと伊達政宗から3万両を借りていました。この返済として、毎年3万石の隠居料を政宗に贈ることになりましたが、当時の宇和島にとってかなり重い負担でした。これを主導した家臣・山家清兵衛は、政宗が遣わした秀宗の御目付役でもあり、秀宗にとっては厄介者。さらに隠居料などの費用捻出のために家臣の減俸を断行したため、家臣にも恨まれることに。1620年、山家一族が惨殺されます。政宗はこれに大激怒。秀宗をしばらく勘当にした上、幕府に宇和島返上を申し出るほどでした。
※ 読み:山家⇒やんべ