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ニッポン人なら一度は行きたいお城四天王

三大名城はもう古い! ニッポン人なら一度は行きたい「お城四天王」


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右下は海太郎様撮影(写真AC)。それ以外はサイト管理人撮影。

どうも! 当サイト管理人の犬彦です。

日本を代表するお城として、よく「日本三大名城」って言いますよね。でも選者によって選ぶ城が違ったりします。姫路城が入ったり入らなかったり。ならばいっそのこと4城選んでしまえ! ということで当サイトでは「お城四天王」として紹介します。それではどうぞ。

姫路城

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南北朝時代に赤松氏が築いたものがはじまりとされています。その後、羽柴秀吉が毛利攻めの際に三重天守を築いて城郭としての基礎を整え、姫路城と名づけました。関ケ原の合戦後、池田輝政が城主となると、9年にも及ぶ大増築がおこなわれ、現在のような美しい姿となりました。遺構の状態は奇跡的なほどに良好で、本丸・二の丸・西の丸の建造物のほとんどが現存。国宝は8棟、国重要文化財は74棟にもなります。平成五年には奈良の法隆寺と共に日本初の世界文化遺産に登録されました。

住所|兵庫県姫路市本町68

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大阪城(大坂城)

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織田信長と壮絶な合戦を繰り広げた浄土真宗の拠点、石山本願寺の跡地に豊臣秀吉が大規模な城郭を築いたのがはじまりです。大坂夏の陣による落城の後、徳川秀忠の再築によって、豊臣色を一掃した幕府の城として新たに生まれ変わりました。現在の天守は、徳川期の天守の位置に、上層部を豊臣期、下層部を徳川期の天守を模して、1931年に完成した鉄筋コンクリート造りです。この天守はその後の天守復元・復興のモデルとして、日本各地の城郭のあり方に多大な影響を与えました。千貫櫓など13棟が国重要文化財に指定されています。

住所|大阪府大阪市中央区大阪城1-1

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名古屋城

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元々は那古野と呼ばれていた地に今川氏が支城を築いたのがはじまりで、織田信長が城主を務めていた時期もありました。関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は、豊臣家への牽制の意図も込めて、天下普請によってこの地に新たな大城郭を完成させました。明治以降も存続し、旧国宝にも指定されていましたが、第二次大戦時の空襲で天守をはじめとするほとんどの建築物が焼失。現在の天守は1959年に外観復元されたものです。東南隅櫓など6棟が国重要文化財に指定されています。

住所|愛知県名古屋市中区本丸1-1

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熊本城

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室町時代から千葉城や隈本城があった茶臼山一帯に、加藤清正よって新たな城が造られ、1607年に完成しました。城主が加藤家から細川家へ移ってからも城域の拡張が行われ、日本屈指の大城郭へと発展してゆきました。1877年、西南戦争前の火災により、大天守・小天守など主要な建築物のほとんどが焼失。現在の大天守・小天守は1960年に鉄筋コンクリート造で復元されたものです。また2016年4月の熊本地震によって、城域全体に渡って甚大な被害を受けましたが、現在着々と復旧に向かっています。

住所|熊本県熊本市本丸1-1

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今回の記事はいわばお城入門ですね。お城にまったく興味のない人でも、この四天王の大迫力に、心揺り動かされること間違いなしです。

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