もう随分と古い記憶なので正確な年月までは忘れてしまったが、僕が城マニアになったのは、小学3年か4年生くらいの時だ。
当時、自転車に乗ったおばちゃんが、小学生向けの学習雑誌を配達してくれるというサービスがあった。 学習研究社が発行していた「学研の科学」と「学研の学習」だ。 「学研のおばちゃん」という言葉にピンとくる人は、それなりに年を取っているオジサンオバサンだろう。 僕と二歳上の兄は、学研のおばちゃんがやってくるのを、毎月ワクワクしながら待っていたものだ。
学習雑誌なので、息抜き程度の漫画くらいは載っていたものの、内容の大半はもちろん堅苦しいお勉強ものだった。 それでも一定の人気を得ていたのは、おそらく子供の好奇心をくすぐる魅力的な付録によるところが大きかったのだろう。 実用的な望遠鏡や顕微鏡だったり、カブトエビ飼育キットという風変わりなものもあったり、僕も随分と楽しませてもらった。
その付録のラインナップに、大阪城天守閣の模型があった。
といっても、兄の方の付録で、僕のではなかった。 学研の付録は学年毎に内容が違っており、高学年になるほど質が高くなっていった。 その大阪城の模型は、安物のプラモデルを凌駕するほどのクオリティーで、もっと平たく言えば、すごくカッコ良かった。
僕は大阪城の模型に、持ち主の兄以上に魅了された。 しかしながら、他の子供と変わらず物欲の塊だった僕が、その時は兄と喧嘩してでも、その模型を強奪したいとは思わなかった。 僕の興味のベクトルがすぐに、本物の大阪城の方を向いたからだ。 幸いなことに当時の僕は電車に一時間も乗れば大阪城に行けるくらいの地域に住んでいた。 早速、親に頼んで連れて行ってもらった。
大阪城の魅力は、もちろん天守閣だけではない。 重要文化財に指定されている遺構が13件もあるというのは大したものだ。 あまりに巨大な蛸石、雁行と呼ばれる美しい並びの石垣、二重櫓としては国内最大級の千貫櫓など、史跡としての見所は決して少なくない。 しかし幼い僕の目には、天守閣以外のものが入らなかった。
壮大かつ優雅な天守閣はまさに圧巻だった。 その神々しい姿は僕の視神経を伝わって脳のヒダ奥深くまで染み込んでいった。 誰にも解除できない洗脳にかかってしまったようなものだ。
以来、大阪城が僕の天守閣の理想形となった。
趣味として様々な城郭を調べていく内に、すっかりいいオッサンになった今の僕は、さすがに現在の大阪城天守閣が日本史上最高だとは思っていない。 そもそも史実に基づいて建造されたとはとても言えない、鉄筋コンクリート製の代物だ。 城郭としての価値は、やはり江戸時代から残っている現存12天守の方が高い、と個人的には思っている。
それでも見た目のカッコ良さだけなら、大阪城に勝る城はない。
一重目と三重目に入母屋破風を配し、さらに二重目の巨大な千鳥破風が三重目を突き抜けているというダイナミックなデザイン。 その上で一重目と四重目に控え目な千鳥破風を配することで緻密なバランスを保っている。 そして最上階の華麗な望楼。 一階部の四隅の石落しが建物全体の安定感をもたらしている。 まさに完璧。 これを上回るカッコ良さなど、僕には空想することすらできない。
その二年後、大阪城天守閣の模型を手にする番が僕に回ってくるはずが、残念ながらそうはならなかった。 天守閣の模型には違いなかったのだが、デザインが大阪城から安土城に変ってしまった。 確かに見た目の派手さ、奇抜さは安土城に軍配が上がるし、子供の興味をより惹きつけるだろうと学研は考えたのかもしれない。 悪くはなかった。クオリティーもなかなかのものだった。 しかし僕の気持ちはまったく高ぶらなかった。
やっぱり大阪城が欲しかった。