普通の城では真っ先に語られるのに、金沢城ではまず語られないのが、お城のシンボル・天守のこと。実は前田利家によって建てられた天守が本丸にあったのですが、1603年に落雷によって早々と焼失。幕府に遠慮してか、再建されることはありませんでした。資料が少ないため、その詳細はわかっていません。その後は御三階櫓が天守の代用を務めてきましたが、1631年の寛永の大火で焼失した際は再建されたものの、1759年の宝暦の大火で再び焼失。天守も御三階櫓も、跡地は現在、深い森の中です。